「事業譲渡」で検索して、事業承継・M&A補助金のページにたどり着いた方も多いはずです。制度名に「事業譲渡」の文字はどこにもありません。ここで多くの人が、対象外だと思って離脱します。
結論から言うと、事業譲渡でも事業承継・M&A補助金の対象になります。譲渡の手法が株式譲渡か事業譲渡かは、対象・対象外を分ける基準ではありません。名前が違うだけで、中身は同じ制度です。
後継者が見つからず、第三者への事業譲渡を検討している事業者は増えています。仲介手数料やデューデリジェンス費用は決して安くなく、「補助が使えるなら使いたいが、事業譲渡でも対象になるのか分からない」という声をよく聞きます。
使う枠は主に専門家活用枠で、買い手支援・売り手支援・小規模売り手支援の3類型に分かれます。補助上限は600万円〜800万円(特例で最大2,000万円)、小規模売り手支援類型は450万円が上限です。補助率は1/2〜2/3。対象は事業者(法人・個人事業主)で、業種は問いません。直近の16次公募は2026年10月2日〜11月6日17:00(予定)です。この記事では、事業譲渡という手法固有の疑問に絞って、対象になる範囲とならない範囲を、実際のケースに沿って1つずつ丁寧に答えていきます。
なぜ「事業譲渡」で検索しても、この制度が出てこないと感じるのか
理由は名前の作りにあります。この補助金は、手法(株式譲渡・事業譲渡)ではなく「承継・M&A」という行為そのものを対象にしています。事業譲渡はM&Aという大きな枠組みの中の、譲渡の一手法にすぎません。
M&Aには主に2つの手法があります。
- 株式譲渡:会社の株式そのものを売買する。経営権が移り、会社自体は存続する
- 事業譲渡:会社の一部または全部の事業(資産・契約・従業員など)を個別に譲渡する。会社は残り、事業だけが移る
制度側は、この2つを区別していません。専門家活用枠は、株式譲渡でも事業譲渡でも同じ条件で対象になります。「事業譲渡だから対象外」という制約は、公募要領のどこにもありません。
対象になるのはどっちか。専門家活用枠の3類型
事業譲渡による承継は、主に専門家活用枠が対象です。買い手・売り手のどちらの立場でも申請できます。
- 買い手支援類型:事業を譲り受ける側。M&A仲介手数料・FA費用・デューデリジェンス(買収監査)費用が対象
- 売り手支援類型:事業を譲り渡す側。仲介手数料・FA費用が対象
- 小規模売り手支援類型:小規模事業者が売り手となる場合。個人事業主が事業譲渡で店舗や設備を譲る場合も含む
ここで見落としやすい条件があります。いずれの類型も、事務局の「M&A支援機関登録制度」に登録された仲介業者・FAを利用することが必須です。知人の紹介で頼んだ税理士や、登録のない仲介業者への支払いは、対象になりません。
対象になる費用・ならない費用
事業譲渡そのものにかかる費用のうち、何が対象で何が対象外か。ここが実務で一番間違えやすい部分です。
| 対象になる | 対象にならない |
|---|---|
| M&A仲介手数料・FA費用 | M&A支援機関登録制度に未登録の業者への支払い |
| デューデリジェンス(買収監査)費用 | 交付決定より前に契約・発注した費用 |
| 譲り受けた事業を統合するための専門家費用・設備投資(PMI推進枠) | 事業譲渡契約書の作成費用そのもの(対象経費の一覧に含まれない場合がある) |
| 廃業・再チャレンジにかかる原状回復費・在庫処分費(併用時) | 譲渡対象資産の代金そのもの(買収価格) |
対象と対象外を分けているのは、「M&Aを実行するための専門家サービス」か「取引そのものの代金」かという線です。仲介手数料やデューデリジェンス費用は専門家サービスなので対象、事業そのものの買収価格や在庫の仕入れ値は取引の代金なので対象外、という整理になります。
契約書作成費用のように判断が分かれやすい経費は、公募要領の対象経費一覧で個別に確認するのが確実です。
「M&A支援機関登録制度」とは何か。ここを知らないと申請できない
専門家活用枠を使う最大の関門は、仲介業者・FAが「M&A支援機関登録制度」に登録されているかどうかです。この制度を知らずに、既に付き合いのある税理士やコンサルタントに仲介を依頼してしまい、あとから対象外だと分かるケースが起きています。
M&A支援機関登録制度は、中小企業庁が運営する登録制度です。M&A仲介業者・フィナンシャルアドバイザー(FA)が、一定の基準(自主規制団体への加盟、専門知識を持つ担当者の配置など)を満たしていることを国に登録する仕組みで、登録された業者への支払いだけが補助対象になります。全国の会計事務所・地方銀行・M&A専門のブティック等、幅広い業態の事業者が登録しており、大手だけが対象というわけではありません。
登録は毎年度更新される仕組みで、以前登録されていた業者が翌年度は登録から外れている、というケースもあり得ます。「去年は対象だったから」という思い込みで進めず、申請の直前に改めて登録状況を確認するのが安全です。
仲介業者を選ぶ前に、その業者が登録済みかどうかを公式の登録機関一覧で確認する必要があります。既に契約してしまった後で「実は未登録だった」と分かっても、経費として認められません。事業譲渡の相手探しを始めるより先に、この確認を済ませておくと手戻りがありません。
事業譲渡以外の枠も知っておく:事業承継促進枠・PMI推進枠
専門家活用枠以外にも、事業を引き継ぐ場面で使える枠があります。事業譲渡と組み合わせて検討する価値があるので、簡潔に整理します。
- 事業承継促進枠:親族内承継・従業員承継(社内の役員・従業員が後継者になるケース)を計画している事業者向け。設備投資費や店舗・工場の改修費が対象。事業譲渡(第三者への承継)とは別の、身内・社内での引き継ぎを想定した枠です
- PMI推進枠:M&Aの成約後に、組織・業務・システムを統合していく取組(PMI=Post Merger Integration)が対象。事業譲渡で事業を譲り受けたあと、旧事業のシステムや業務フローを自社に統合する専門家費用・設備投資に使えます
- 廃業・再チャレンジ枠:事業を廃業し、新たな事業に再挑戦する取組が対象。前述のとおり、専門家活用枠と併用できます
事業譲渡そのものの手数料は専門家活用枠、譲り受けた後の統合作業はPMI推進枠、というようにフェーズごとに使う枠が変わる点を押さえておくと、申請の全体設計がしやすくなります。
PMI(Post Merger Integration)とは、M&Aの成約後に、譲り受けた事業の組織・業務フロー・会計システム・人事制度などを自社側に統合していく一連の取組を指します。事業譲渡では、譲り受けた事業の従業員・取引先・システムをどう自社に馴染ませるかが成功の分かれ目になることが多く、専門家活用枠で成約させて終わりではなく、その後の統合フェーズまで見据えて枠を組み合わせる事業者が増えています。
よく誤解されるポイント:一部譲渡+一部廃業は「どちらか」ではない
事業譲渡には、会社の一部だけを譲渡し、残りを廃業するという選択肢もあります。この場合、「専門家活用枠か廃業・再チャレンジ枠か、どちらかを選ばないといけない」と思い込んでいる方がいますが、そうではありません。
専門家活用枠と廃業・再チャレンジ枠は併用申請できます。譲渡する部分と廃業する部分を、それぞれ対応する枠で申請します。
小売業(3店舗のうち1店舗を事業譲渡、残り2店舗は閉店) 好調な1店舗を同業他社に事業譲渡し、仲介手数料は80万円(専門家活用枠・売り手支援類型)。残り2店舗は閉店し、在庫処分・原状回復費は120万円(廃業・再チャレンジ枠)。 → 80万円 × 1/2 = 40万円、120万円 × 1/2 = 60万円。合計100万円の補助(各枠の上限内)。
似ている制度との違い:事業承継税制(納税猶予)とは別物
「事業承継」で検索すると、事業承継税制(納税猶予制度)という別の仕組みも出てきます。これは補助金ではなく、税金の支払いを猶予する制度です。 事業承継・M&A補助金とは根拠法も窓口も異なります。
- 事業承継・M&A補助金:仲介手数料や専門家費用の一部を、国が現金で補助する
- 事業承継税制:後継者が引き継いだ株式や事業用資産にかかる相続税・贈与税の納税を猶予する
どちらも「事業承継」という言葉を使いますが、得られるものが違います。補助金は経費の一部が戻ってくる制度、納税猶予は税金の支払いを先送りする制度です。両方を併用できるケースもありますが、税務の判断は税理士に確認するのが確実です。
仲介とFA、どちらを選んでも対象になるか
M&A支援機関には、大きく分けて「仲介」と「FA(フィナンシャルアドバイザー)」の2つの立場があります。ここも誤解されやすいポイントです。
- 仲介:譲渡側・譲受側の間に立ち、両者の合意形成をサポートする。1社が両方の当事者と契約する形が一般的
- FA:譲渡側または譲受側の、どちらか一方の代理人として、その当事者の利益を最優先に交渉をサポートする
どちらの形態でも、M&A支援機関登録制度に登録されていれば専門家活用枠の対象です。仲介かFAかという契約形態そのものは、補助対象・対象外を分ける基準ではありません。ただし、登録の区分(仲介業者として登録か、FA業務も含めて登録か)は業者によって異なるため、契約前に「この業務内容が登録範囲に含まれているか」を確認しておくと安心です。
小規模な事業譲渡では、仲介1社が譲渡側・譲受側の両方を担当するケースが多く見られます。一方、譲受側の投資額が大きい、あるいは利益相反を避けたい場合は、FAを別に立てる選択肢もあります。どちらが自社に合うかは、譲渡・譲受の規模や相手との関係性、利益相反をどこまで気にするかによって変わります。迷ったら、複数の業者に相談して契約形態と手数料の考え方を比較してから決めるとよいでしょう。
税務・法務の判断は補助金の対象・対象外とは別
株式譲渡と事業譲渡では、消費税や譲渡益にかかる税務上の扱いが異なります。契約に含める資産・負債の範囲によっても変わります。
この判断は補助金の対象・対象外とは別の話です。どちらの手法を選ぶべきかは、税理士・弁護士に相談する領域になります。補助金が見ているのは、あくまで承継・M&Aにかかる専門家費用や、その後の設備投資です。
いくらもらえるか。買い手側・売り手側のシミュレーション
卸売業(従業員30人・同業他社の一事業部門を事業譲渡で譲り受け) 自社の営業網を強化するため、同業他社の一事業部門(顧客リストと在庫、従業員数名)を事業譲渡で譲り受けることになった。M&A仲介手数料・デューデリジェンス費用の見積もりは500万円(専門家活用枠・買い手支援類型)。 → 500万円 × 1/2 = 250万円の補助(通常上限600万円〜800万円の範囲内)。
運送業(従業員20人・不採算部門を事業譲渡で切り離し) 本業に集中するため、不採算の一部門を別会社に事業譲渡することになった。仲介手数料の見積もりは200万円(専門家活用枠・売り手支援類型)。 → 200万円 × 1/2 = 100万円の補助(上限600万円〜800万円の範囲内)。
製造業(従業員8人・個人事業主が小規模な工場設備一式を事業譲渡) 後継者が見つからず廃業も検討していたが、同業の若手経営者に工場設備・取引先を事業譲渡することになった。小規模事業者にあたるため小規模売り手支援類型で申請。仲介手数料の見積もりは60万円。 → 60万円 × 1/2 = 30万円の補助(小規模売り手支援類型の上限450万円の範囲内)。廃業するはずだった技術と取引先が、譲渡という形で残ります。
補助上限額が上がる条件。600万円と800万円の違い
専門家活用枠の補助上限額は「600万円〜800万円」と幅があります。これは無条件で800万円になるわけではありません。譲渡・譲受の規模や、特例の適用有無で上限が変わる仕組みです。
- 基本の上限は買い手支援・売り手支援ともに600万円程度
- 一定の要件(複数の中小企業を対象にした承継計画など)を満たす場合、特例で上限が800万円、最大2,000万円まで引き上がるケースがあります
- 小規模売り手支援類型は、通常枠と別立てで上限450万円です
「うちの案件がどの上限に当てはまるか」は、案件の規模と枠の組み合わせで変わるため、事務局や登録済みのM&A支援機関に個別相談するのが確実です。上限額を先に決め打ちせず、まず自社の譲渡・譲受の規模を整理してから確認する順番をおすすめします。
「うちの会社でも対象?」対象事業者の考え方
対象になるのは、中小企業基本法第2条第1項に規定する中小企業者(業種ごとに資本金と従業員数の上限が決まっており、製造業その他は資本金3億円以下または従業員300人以下、卸売業は1億円以下または100人以下、小売業は5,000万円以下または50人以下、サービス業は5,000万円以下または100人以下。どちらか一方を満たせば該当します)や、小規模事業者(常時使用する従業員数が原則20人以下、商業・サービス業は5人以下の事業者)です。
個人事業主でも対象になります。事業譲渡は法人の専売特許ではありません。個人事業主が店舗・設備・顧客を第三者に譲るケースも、事業譲渡の一形態として小規模売り手支援類型の対象になり得ます。後継者がおらず廃業を考えていた個人事業主が、事業譲渡という選択肢を検討する価値はここにあります。
自社が中小企業者・小規模事業者のどちらにあたるかの最終判断に迷う場合は、公式サイトで確認するか、認定経営革新等支援機関(国が認定した中小企業の支援機関で、商工会議所・金融機関・税理士などが登録しています)に相談すると確実です。業種の判定に迷うケースは珍しくなく、複数の事業を展開している会社ほど、どの業種区分で判定されるかが分かりにくくなります。
対象業種にしぼりはありません。製造業でも小売業でもサービス業でも、業種を理由に対象外になることはなく、全国どこで事業を営んでいても申請できます。事業所の所在地による制約もありません。「うちの業種は対象外では」と業種名だけで諦める必要はなく、まずは中小企業者・小規模事業者の基準に自社が収まるかどうかで判断してください。
交付決定後に気をつけること
採択されても、それで終わりではありません。交付決定を受けたあとに発注・契約した費用だけが対象です。採択通知を見て「決まった」と思い、先に仲介業者へ着手金を支払ってしまうと、その部分は補助対象から外れます。
事業実施後には実績報告が必要です。仲介手数料の支払いを証明する契約書・請求書・領収書・振込明細を保管しておきます。M&Aの成約後も、PMI推進枠を使う場合は統合の取組状況について報告を求められることがあります。書類は「もらえたら終わり」ではなく、事業実施中もずっと保管しておくものと考えておくと、実績報告の段階で慌てません。
申請の流れと必要書類
| タイミング | やること |
|---|---|
| 検討を始めたらすぐ | GビズIDプライムを取得する(国の電子申請で共通して使うアカウント。発行に2〜3週間) |
| 譲渡・譲受の方向性が固まったら | M&A支援機関登録制度に登録された仲介業者・FAを選定する |
| 公募期間中 | 電子申請システム(Jグランツ)で申請 |
| 採択発表後 | 交付決定(採択の後に届く「補助金を出します」という正式な通知。これより前の発注・契約は対象外) |
| 事業実施後 | 実績報告 → 入金 |
直近の16次公募は、2026年10月2日〜11月6日17:00(予定)です。M&A支援機関の選定や相手方との交渉は、公募が発表される前から進められる準備項目です。仲介業者選びに時間をかけるほど、いざ公募が始まったときに動き出しが早くなります。GビズIDプライムも同様に、事業譲渡の相手探しと並行して先に取得しておくと、公募開始後の手続きがスムーズです。
公募は年に複数回実施されており、今回のタイミングに合わなくても、次回以降で改めて申請できます。焦って準備不足のまま申請するより、事業計画と相手方との交渉を固めてから臨むほうが、結果的に採択の可能性を高めます。
よくある質問
事業譲渡と株式譲渡で補助率は変わりますか?
いいえ。補助率は譲渡の手法ではなく、事業規模(小規模事業者に該当するか)や赤字・利益率の状況で決まります。手法そのもので優劣がつくわけではありません。
事業譲渡の契約書作成費用も対象になりますか?
契約書作成そのものではなく、M&A仲介手数料・FA費用・デューデリジェンス費用が主な対象です。個別の費用が対象になるかは、公募要領の対象経費一覧で確認してください。
事業承継税制(納税猶予)と、この補助金はどちらを使うべきですか?
どちらか一方を選ぶものではありません。事業承継税制は税金の納税猶予、この補助金は仲介手数料等の一部補助という別の仕組みです。状況によっては両方の活用を検討できます。税務の判断は税理士に相談するのが確実です。
事業譲渡と株式譲渡、どちらを選ぶべきですか?
これは税務・法務の判断であり、補助金の対象・対象外とは別の話です。税理士・弁護士に相談したうえで、承継・M&Aの手法を決めることをおすすめします。
仲介とFA、どちらに依頼しても補助対象になりますか?
はい。契約形態(仲介・FA)そのものは対象・対象外を分けません。ただし、依頼先がM&A支援機関登録制度に登録されていることが条件です。契約前に登録の有無と、依頼したい業務内容が登録範囲に含まれているかを確認してください。
個人事業主でも申請できますか?
できます。事業譲渡は法人だけの手法ではなく、個人事業主が店舗・設備・顧客を第三者に譲るケースも対象になり得ます。小規模事業者にあたる場合は、小規模売り手支援類型での申請を検討してください。
