在職老齢年金の支給停止額は、「(基本月額+総報酬月額相当額-支給停止調整額)÷2」という式で計算します。令和8年4月から、この支給停止調整額が51万円から65万円に引き上げられ、以前より年金を減らされにくくなりました。
この記事では、計算式に出てくる用語を1つずつ説明したうえで、具体的な月収パターンでの計算例を示します。「結局、自分の年金はいくら減るのか」を、実際の数字で確認していきましょう。
在職老齢年金とは何か
在職老齢年金とは、老齢厚生年金を受け取る資格がある人が、厚生年金保険の被保険者として働き続ける場合に、給与と年金の合計額が一定の基準を超えると、年金の一部または全部が支給停止される仕組みのことです。「働きながら年金をもらう」場合に適用される調整の仕組みで、年金そのものを恒久的に減額するわけではなく、あくまで在職中の支給を調整するものです。
支給停止の対象になるのは老齢厚生年金だけで、老齢基礎年金には影響しません。 老齢基礎年金は、どれだけ給与収入があっても全額支給されます。
計算式に出てくる用語の意味
計算式を理解するには、まず2つの用語を押さえる必要があります。この2つを理解しないまま数字だけを追っても、自分の状況に当てはめられません。
- 基本月額: 加給年金額を除いた老齢厚生年金(報酬比例部分)の月額です。年金証書やねんきん定期便に記載された年金額を12で割った金額とイメージすると分かりやすくなります
- 総報酬月額相当額: その月の標準報酬月額に、その月以前1年間の標準賞与額の合計を12で割った金額を足したものです。簡単に言うと「月給とボーナスを月割りにした金額を合計した、その人の"月収換算額"」です
「基本月額」は年金の月額、「総報酬月額相当額」は給与の月額(ボーナス込み)と考えると理解しやすくなります。
支給停止額の計算式
基本月額と総報酬月額相当額が分かれば、支給停止額は次の式で計算できます。
- 基本月額と総報酬月額相当額の合計が65万円以下の場合: 支給停止なし。老齢厚生年金は全額支給されます
- 合計が65万円を超える場合: 支給停止額 = (基本月額+総報酬月額相当額-65万円)÷2
65万円という基準額は「支給停止調整額」と呼ばれ、令和8年4月から適用されている金額です。 それ以前は51万円が基準でした。この引き上げにより、同じ給与水準・同じ年金額であっても、令和8年4月以降のほうが支給停止される金額は少なくなります。
具体的な計算例: 3つの月収パターン
計算式だけでは実感が湧きにくいので、具体的な数字を当てはめて計算してみます。
パターン1: 老齢厚生年金が月10万円・給与(総報酬月額相当額)が月20万円の場合
合計は30万円で、65万円以下のため、支給停止はなし。老齢厚生年金の月10万円は全額支給されます。
パターン2: 老齢厚生年金が月15万円・給与が月30万円の場合
合計は45万円で、こちらも65万円以下のため、支給停止はなし。老齢厚生年金の月15万円は全額支給されます。
パターン3: 老齢厚生年金が月10万円・給与が月45万円の場合
合計は55万円で、こちらも65万円以下のため、支給停止はなし。
パターン4: 老齢厚生年金が月15万円・給与が月55万円の場合
合計は70万円で、65万円を超えます。支給停止額は「(15万円+55万円-65万円)÷2=2.5万円」です。老齢厚生年金は月15万円から2.5万円が停止され、月12.5万円が支給されます。
パターン5: 老齢厚生年金が月20万円・給与が月60万円の場合
合計は80万円で、65万円を超えます。支給停止額は「(20万円+60万円-65万円)÷2=7.5万円」です。老齢厚生年金は月20万円から7.5万円が停止され、月12.5万円が支給されます。
5つのパターンを見ると分かるとおり、給与が月55万円程度までであれば、多くの人は支給停止の対象になりません。 令和8年4月の改正で基準額が65万円に引き上げられたことで、以前(51万円基準)よりも幅広い層が全額支給の対象になっています。
令和8年3月以前(51万円基準)との比較
令和7年度まで適用されていた51万円という基準額で、パターン4・5を再計算してみると、違いがはっきりします。
| パターン | 基本月額+総報酬月額相当額 | 51万円基準の支給停止額(令和7年度まで) | 65万円基準の支給停止額(令和8年4月以降) |
|---|---|---|---|
| パターン4(年金15万円・給与55万円) | 70万円 | (70万円-51万円)÷2=9.5万円 | (70万円-65万円)÷2=2.5万円 |
| パターン5(年金20万円・給与60万円) | 80万円 | (80万円-51万円)÷2=14.5万円 | (80万円-65万円)÷2=7.5万円 |
同じ給与・年金額でも、基準額の引き上げによって支給停止額が大きく減っています。 パターン4では月7万円、パターン5では月7万円、それぞれ支給停止額が少なくなり、その分だけ実際に受け取れる年金額が増えたことになります。
70歳以上の場合の扱い
在職老齢年金の仕組みは、70歳以上で働き続ける場合にも適用されます。 70歳以上は厚生年金保険の被保険者ではなくなるため、保険料の負担はありませんが、支給停止の計算方法は65歳以上70歳未満の場合と同じ仕組みが使われます。
「70歳を過ぎれば年金は無条件で全額もらえる」と誤解しているケースがありますが、給与収入がある場合は、70歳以降も引き続き在職老齢年金の対象になります。 この点は見落とされやすいので、あらかじめよく確認しておくことをおすすめします。
60歳から64歳までの扱い(特別支給の老齢厚生年金)
60歳から64歳までの間に受け取る「特別支給の老齢厚生年金」がある方も、在職老齢年金の仕組みが適用されます。計算式・基準額の考え方は65歳以上の場合と同じです。 ただし、特別支給の老齢厚生年金を受け取れる生年月日は限られており、生年月日によっては特別支給の対象にならない場合があります。自分が特別支給の対象かどうかは、ねんきん定期便や年金事務所で確認できます。
働き方を変えるべきかの判断材料
支給停止調整額が65万円に引き上げられたことで、「収入を抑えて年金を減らされないようにする」という以前の判断基準が変わってきています。
- 給与を月55万円程度まで増やしても、年金の基本月額によっては支給停止が発生しないケースが増えました。 以前は51万円基準で慎重に働き方を調整していた人も、基準の見直しにあわせて再検討する価値があります
- 支給停止される金額は、年金額の"半分"が上限ではなく、超えた分の"2分の1"が停止される仕組みです。 つまり、給与を増やせば増やすほど手取り収入の総額(給与+年金)は増え続けます。「年金が減るなら働かない方が得」とは必ずしも言えません
- 支給停止された年金は、その月は受け取れませんが、将来的に年金額が再計算される際に反映される部分もあります。単純に「消えてしまう」わけではないという理解も重要です
最終的にどう働くかは、年金額だけでなく、健康状態や仕事のやりがい、税・社会保険料の負担も含めて総合的に判断すべき問題です。 在職老齢年金の計算はあくまで判断材料の1つとして、他の要素とあわせて総合的に活用してください。
確定申告との関係
在職老齢年金を受け取りながら給与収入がある場合、年金と給与、両方の所得について確定申告が必要になることがあります。 公的年金等の収入金額が400万円を超える場合や、年金以外の所得が一定額を超える場合等、確定申告が必要になる条件は複数あります。
支給停止された部分は、そもそも支払われていないため、課税所得の計算には含まれません。 実際に支給された年金額をもとに、公的年金等控除を適用して税額を計算する仕組みです。具体的な確定申告の要否・計算方法は、国税庁の公式ページや税務署で確認することをおすすめします。
加給年金額がある場合の注意点
老齢厚生年金に「加給年金額」(扶養する配偶者・子がいる場合に上乗せされる年金)が加算されている方は、在職老齢年金の計算に注意が必要です。
- 基本月額の計算には、加給年金額は含まれません(加給年金額を除いた報酬比例部分の月額が基本月額です)
- ただし、報酬比例部分が全額支給停止になった場合、加給年金額も一緒に支給停止になる仕組みになっています
- 報酬比例部分の一部だけが支給停止される場合は、加給年金額は引き続き支給されます
「加給年金額があるから、その分は安全」というわけではなく、報酬比例部分が全額止まるかどうかで、加給年金額の扱いも変わる点を理解しておく必要があります。加給年金額を受け取っている方は、支給停止額の計算結果が「一部停止」か「全額停止」かを、特に注意して確認してください。
繰下げ受給と在職老齢年金の関係
老齢厚生年金の受け取り開始を66歳以降に遅らせる「繰下げ受給」を選ぶ場合、在職老齢年金の支給停止の仕組みとの関係を理解しておく必要があります。
- 繰下げ待機中(年金をまだ受け取っていない期間)に、在職老齢年金の仕組みで本来なら支給停止される部分があった場合、その支給停止相当額は繰下げ増額の対象になりません。 つまり、支給停止された分は、繰り下げても増えて戻ってくるわけではないという点に注意が必要です
- 一方で、実際に支給される部分(支給停止されない部分)については、通常どおり繰下げ増額(1か月あたり0.7%)の対象になります
「働きながら繰下げ受給をすれば、支給停止された分もまとめて増えて返ってくる」と誤解しているケースがありますが、そうではありません。 支給停止相当額と繰下げ増額は別の仕組みとして扱われるため、繰下げ受給を検討する際は、在職老齢年金による支給停止の見込み額もあわせて試算しておくことをおすすめします。
業種別・働き方別に見る在職老齢年金の考え方
在職老齢年金は業種を問わず同じ計算式が適用されますが、働き方によって「総報酬月額相当額」の考え方が変わるため、具体例で見てみます。
会社役員(月給60万円・年金月12万円)の場合
役員報酬も厚生年金保険の対象となる報酬に含まれるため、総報酬月額相当額の計算に含まれます。合計は72万円で65万円を超えるため、支給停止額は「(12万円+60万円-65万円)÷2=3.5万円」です。役員報酬を減らすことで支給停止額を調整できますが、報酬減額には株主総会・取締役会での手続きが必要になる場合があり、年金の都合だけで軽々しく安易に決めるべきではありません。
再雇用の嘱託社員(月給25万円・年金月18万円)の場合
定年後に再雇用され、賃金水準が下がるケースです。合計は43万円で65万円以下のため、支給停止はなく、年金と給与の両方を全額受け取れます。 定年後の再雇用で賃金が下がる場合、多くの方はこのパターンに当てはまり、支給停止を心配する必要がないケースが大半です。
個人事業主が法人化して役員報酬を受け取る場合
個人事業主のままであれば厚生年金保険の被保険者ではないため在職老齢年金の対象外ですが、法人化して自身に役員報酬を支払う形にすると、厚生年金保険の被保険者となり、在職老齢年金の対象になります。法人化を検討する際は、役員報酬の水準によって年金の支給停止額が変わることも考慮に入れる必要があります。
標準報酬月額・標準賞与額の仕組みも押さえる
総報酬月額相当額の計算に使われる「標準報酬月額」「標準賞与額」は、実際の給与・賞与額をそのまま使うのではなく、一定の等級・上限に区分した金額です。
- 標準報酬月額は、給与の額に応じて等級ごとに区分された金額です。実際の給与額とわずかにずれることがあります
- 標準賞与額には上限があり、1回の賞与について150万円が上限とされています(厚生年金保険の場合)。上限を超える部分は総報酬月額相当額の計算に反映されません
「自分の給与明細の額面をそのまま計算式に当てはめればよい」というわけではなく、標準報酬月額・標準賞与額という区分された金額が使われる点は、正確な試算をする際に押さえておくべきポイントです。正確な標準報酬月額は、毎年の定時決定通知や給与明細、年金事務所への確認で把握できます。等級表は毎年見直されることがあるため、古い等級表を参照しないよう注意してください。
自分の基本月額・総報酬月額相当額を確認する方法
実際に計算するには、自分の基本月額と総報酬月額相当額を正確に把握する必要があります。 次の方法で確認できます。
- 基本月額: 年金事務所から届く「年金決定通知書」や、毎年届く「ねんきん定期便」に記載された老齢厚生年金額(報酬比例部分)を12で割ることで、おおよその金額が分かります。正確な金額は年金事務所に確認できます
- 総報酬月額相当額: 給与明細に記載された標準報酬月額と、直近1年間の賞与額を確認し、賞与額を12で割った金額を標準報酬月額に足すことで計算できます。勤務先の給与担当部署や、日本年金機構の「ねんきんネット」でも確認できます
両方の金額が分かれば、この記事で紹介した計算式にそのまま当てはめられます。 ねんきんネットでは、将来の年金見込額のシミュレーションもできるため、これから働き方を見直そうと考えている方には特に参考になります。
在職老齢年金と老齢基礎年金の違いを混同しない
在職老齢年金の話をすると、「年金が減らされる」という漠然としたイメージから、老齢基礎年金まで減らされるのではないかと心配する方がいますが、これは誤解です。
- 在職老齢年金の支給停止の対象になるのは、老齢厚生年金(報酬比例部分)だけです
- 老齢基礎年金は、給与収入の額にかかわらず、全額支給されます
- 老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々の年金であり、支給停止の仕組みも老齢厚生年金にしか適用されません
「働くと年金が減る」という表現だけを聞くと、年金の全体が減ってしまうように感じますが、実際に調整の対象になるのは老齢厚生年金の一部だけです。 老齢基礎年金の満額(令和8年度は年額84万7,300円、40年間の全期間保険料を納付した場合)は、就労の有無にかかわらず確保される点を押さえておくと、過度に心配しすぎずに済みます。
よくある質問
支給停止された年金は将来もらえますか?
支給停止された月の年金そのものが、後からまとめて支払われるわけではありません。ただし、年金額の再計算(在職定時改定等)の際に、就労期間中に納めた保険料が将来の年金額に反映される場合があります。支給停止と保険料納付の効果は、別々の仕組みとして理解しておく必要があります。
自営業者やフリーランスも在職老齢年金の対象になりますか?
在職老齢年金は、厚生年金保険の被保険者として働く場合に適用される仕組みです。自営業者やフリーランスとして国民年金のみに加入している場合、厚生年金保険の被保険者ではないため、給与収入があっても在職老齢年金による支給停止の対象にはなりません。
65万円という基準額は今後も変わりますか?
支給停止調整額は、賃金水準の変動等に応じて見直される仕組みになっています。令和8年4月に65万円へ引き上げられましたが、将来的にさらに見直される可能性があります。最新の基準額は日本年金機構の公式ページで確認してください。
パートやアルバイトで働く場合も対象になりますか?
厚生年金保険の被保険者として働いている場合は対象になります。労働時間や賃金水準によっては、パート・アルバイトでも厚生年金保険の被保険者になる場合があるため、自分の雇用形態でどちらに該当するかを確認する必要があります。
加給年金額をもらっている場合、計算方法は変わりますか?
加給年金額そのものは基本月額の計算には含まれません。ただし、報酬比例部分が全額支給停止になった場合は、加給年金額も一緒に支給停止される仕組みになっているため、支給停止の程度(一部か全額か)によって加給年金額の扱いが変わる点に注意が必要です。
年金額の計算に賞与(ボーナス)は関係しますか?
はい、関係します。総報酬月額相当額には、その月以前1年間の標準賞与額の合計を12で割った金額が含まれます。賞与が多い月がある場合、その影響が1年間、月々の総報酬月額相当額に反映され続けるため、単月の給与だけで判断すると実際の計算結果とずれることがあります。
複数の会社で働いている場合はどう計算しますか?
複数の会社で厚生年金保険に加入している場合、それぞれの標準報酬月額を合算して総報酬月額相当額を計算します。個々の勤務先の給与だけでなく、合算後の金額で支給停止の判定が行われるため、複数の職場で働く予定がある方は、合算後の金額を事前に試算しておくとよいでしょう。
支給停止された分の年金にも税金はかかりますか?
支給停止された部分は実際に支払われていないため、その分に所得税がかかることはありません。課税の対象になるのは、実際に支給された年金額です。確定申告や年末調整の際は、日本年金機構から送付される「公的年金等の源泉徴収票」に記載された、実際の支給額をもとに手続きを行います。
支給停止額を事前に正確に知る方法はありますか?
ねんきんネットや年金事務所への相談で、現在の給与水準をもとにした試算を依頼することができます。転職や再雇用で給与水準が大きく変わる予定がある場合は、変更後の見込み給与額をもとに、事前に年金事務所へ相談しておくと、実際に振り込まれる支給額とのズレを防ぎやすくなります。
インターネットの年金計算シミュレーターは信用できますか?
一般的な仕組みを理解する目安としては役立ちますが、加給年金額の有無や複数事業所勤務など個々の事情まで正確に反映できないシミュレーターもあります。最終的な金額を確認する際は、必ず日本年金機構のねんきんネットや年金事務所への相談で裏付けを取ることをおすすめします。
免責事項: 本記事の内容は2026年9月時点で確認できた情報にもとづきます。支給停止調整額・計算方法は制度改正により変更される場合があるため、正確な金額は日本年金機構・お近くの年金事務所で必ずご確認ください。この記事の計算例はあくまで一般的なモデルであり、個々の加入期間・標準報酬月額・賞与の状況によって実際の金額は変わります。
