主KW: 事業承継補助金 事例
「採択実績◯件」という数字だけでは、自分の会社に当てはめられません。知りたいのは、実際にどんな会社が、承継後に何を変えて、どんな効果が出たかではないでしょうか。数字の裏にある具体的なストーリーを知ることで、自社の計画に活かせる部分が見えてきます。
この記事では、中小機構「補助金活用ナビ」に実名で公開されている事業承継・M&A補助金(前身の事業承継・引継ぎ補助金を含む)の採択事例を6件、業種別に紹介します。架空の事例は一切扱いません。 インターネット上には「◯◯業界で採択率が高い」といった根拠不明な情報も出回っていますが、本記事では実名で公表されている一次情報のみを扱います。
先に結論を言うと、6事例に共通するのは「承継そのものが目的ではない」ことです。設備を更新する、店を改装する――その先に、新しい商品・新しい客層・新しい事業領域への展開が計画されています。承継を機に何を変えたかが、事例として公表される企業に共通するパターンです。
これから紹介する6事例は、業種も規模もばらばらです。和菓子店・ハンバーガー専門店・温泉旅館・食品製造業・菓子製造業(元卸売業)・鋳物メーカー。しかし読み進めると、「承継後に何を新しく始めたか」という視点で見ると、驚くほど共通する構造があることに気づくはずです。まずは1件ずつ、何が起きたのかを見ていきましょう。
事例①:老舗和菓子店の設備更新(有限会社銘菓処笑福堂)
- 業種:製造業(和菓子・洋菓子製造・販売)
- 使途:老朽化した自動包装機を最新の自動密閉機に更新
- 計画の中身:商工会議所の伴走支援を受けながら、単なる機械更新ではなく経営革新として事業計画を作成。生産性向上で生まれた時間を、新商品開発や販路開拓につなげる構想
- 効果:生産量が約1.2倍に向上。包装作業の時間短縮と人員配置の見直し、残業時間の削減を実現。敦賀産もち米を使った新商品「もちもちサブレ」の開発にも着手
同じ設備投資でも、「浮いた時間を新商品開発に回す」まで計画に書けたかどうかが評価の分かれ目になったと考えられる事例です。単なる機械の入れ替えとして申請していれば、審査で評価されにくかった可能性があります。商工会議所の伴走支援を受けながら、既存商品の安定供給と新展開を両立させる構想として位置づけた点が、経営革新の要件を満たす鍵になったと考えられます。
事例②:業態転換による新規開業(Burger FIRST)
- 業種:飲食サービス業(ハンバーガー専門店)
- 使途:小売店からハンバーガー専門店への業態転換に伴う厨房設備導入と店舗改装
- 計画の中身:先代から受け継いだ店舗を、道の駅の正面という立地を生かした飲食施設に転換。地元農家とのつながりを活用し、地域食材を使ったメニューを開発。観光客と地域住民の両方を取り込む計画
- 効果:新店舗の開業を実現。先代の資産(立地・地域とのつながり)を、まったく違う業態で新しく活かすモデルを構築
「継いだ店をそのまま続ける」のではなく、業態そのものを変えた点が、この事例の核です。小売店として継いだ事業を、まったく別の飲食業態に転換するのは、承継の中でもハードルが高い判断です。それでも採択されたのは、「道の駅の正面」という立地資産、「地元農家とのつながり」という先代の人的資産を、新しい業態でどう活かすかまで具体的に描けていたためだと考えられます。承継した経営資源を、そのまま使うのではなく組み替えて活かす発想が評価されたパターンです。
事例③:老舗旅館の親族内承継(有限会社大和館)
- 業種:宿泊業(温泉旅館)
- 使途:遊休スペースを改修し、多目的室と通路を整備
- 計画の中身:セミナーや体験企画(温泉水を使った書道体験)ができる空間づくり
- 効果:事業計画の売上見込みを上回る売上を達成。旅行会社の定宿から、幅広い一般客向けの体験型旅館へ転換
夫の実家の旅館を女将が引き継いだ、親族内承継の事例です。承継後、単に旅館を維持するのではなく、新しい客層向けの体験サービスに踏み出した点が評価されています。老舗旅館にありがちな「旅行会社の定宿として細々と続ける」という選択肢もあったはずですが、遊休スペースという既存資産を、新しい体験型コンテンツの場に転換する計画を描いたことで、承継が単なる維持継続ではなく成長の起点になった事例です。
事例④:製造業の後継者による事業転換(奈良食品株式会社)
- 業種:製造業(食品・国産無添加はるさめ)
- 使途:キッチンの新設、カフェスペース、直売所の整備
- 計画の中身:飲食店・惣菜製造に必要な許可を取得できる環境づくり
- 効果:売上が就任時より約3割増加、利益率は15%改善。直売所は遠方からもファンが訪れる集客拠点に
「作る」だけだった事業に、「届ける」場所を加えたのが、この事例の転換点です。それまで卸売中心だったビジネスモデルに、直接消費者と接点を持つ直売所・カフェスペースという要素を加えたことで、認知度と収益源の両方を広げています。後継者が就任してすぐに設備投資に踏み切るのではなく、「飲食店・惣菜製造に必要な許可を取得できる環境づくり」という中間ステップを踏んでいる点も、計画の実現可能性を高めた要因と考えられます。
事例⑤:M&Aで卸売業から製造業へ転換(株式会社丸繫)
- 業種:卸売業 → 菓子製造業
- 使途:譲り受けた施設の改修工事(電気・ガス設備工事、壁面工事など)
- 計画の中身:倉庫だった建物を、製造施設として使えるように転用
- 効果:土産物店へのカバー率が20%から90%まで拡大。OEM商品の受注や新商品開発にも展開
食品卸売業だった丸繫が、M&Aをきっかけに菓子製造業へと事業を転換した事例です。卸売業だけでは超えられなかった「壁」を、M&Aによる業態転換で越えた点が特徴的です。卸売業のまま新規取引先を開拓するより、製造機能を持つことで土産物店へのカバー率を4倍以上に伸ばしたという点は、承継・M&Aが単なる「引き継ぎ」ではなく「事業モデルの転換」の手段になりうることを示しています。譲り受けた施設を改修して製造施設に転用するという、既存資産の使い方を変える発想も特徴的です。
事例⑥:M&A後の統合投資で新事業(株式会社能作)
- 業種:製造業(鋳物・ジュエリー)
- 使途:試作品の製作費用、ブランド構築のための業務委託費用
- 計画の中身:M&Aで経営統合した企業との技術を組み合わせた新製品開発
- 効果:錫とジュエリーを融合させた新事業を実現。伝統工芸の技術を、新しい顧客体験へつなげた
鋳物メーカーの能作が、M&A成約後の統合投資で新しいブランドを立ち上げた事例です。M&Aは成約して終わりではなく、その後の統合投資までが計画の一部だったことがわかります。この事例が使ったのは、令和5年度の事業承継・引継ぎ補助金「経営革新枠(M&A類型)」です。M&Aで得た技術や人材を活かして、伝統工芸の技術を新しい顧客体験(錫とジュエリーの融合)へつなげるという、PMI(M&A成約後の統合作業)の考え方をそのまま体現した事例といえます。
6事例から見える共通点
6つの事例をあらためて並べると、共通点が見えてきます。
- 設備投資そのものが目的ではない:改修や導入の先に、新しい客層・新しい商品・新しい事業領域がある
- 承継・M&Aは通過点:継いだ・買った時点で終わらず、その後の展開まで計画に含まれている
- 業種を問わない:和菓子・飲食・旅館・食品製造・卸売・鋳物と、業種はさまざまです
- 効果を数字で示している:生産量1.2倍、売上3割増、カバー率20%→90%など、定量的な効果が公表されている
- 改修・改装は「維持」ではなく「転換」の手段として使われている:老朽化した設備をそのまま同等品に置き換えるのではなく、新しい取組を実現するための投資として位置づけられている
「何を変えるか」まで具体的に描けている計画が、事例として公表されやすい傾向があります。承継後の取組を考えるときは、「設備を入れ替える」で終わらせず、「その先で何が変わるか」まで言語化することが、審査でも事例化でも共通して求められている姿勢だと考えられます。
自社の計画に当てはめて考える
6事例を読んで「自社と業種が違うから参考にならない」と感じた方もいるかもしれません。しかし、共通しているのは業種ではなく「変化の描き方」です。自社の承継計画を、次の3つの問いに当てはめて整理してみることをおすすめします。
- 承継後、何を新しく始めるか:新商品開発、新業態への転換、新しい客層の開拓など、承継前にはなかった要素は何か
- 既存の資産を、どう組み替えて使うか:立地・設備・技術・取引先とのつながりなど、承継で引き継ぐ資産を、そのまま使うのではなくどう活かし直すか
- 効果をどう数字で示せるか:生産量・売上・利益率・カバー率など、承継前後で比較できる指標は何か
6事例のうち、和菓子店の事例(事例①)は既存の生産設備を更新するだけの投資に見えますが、「浮いた時間を新商品開発に回す」という計画に落とし込むことで、単なる設備更新と一線を画しています。大きな業態転換をしなくても、小さな設備投資でも、「その先で何が変わるか」を言語化できれば評価につながるという点は、多くの事業者にとって参考になる部分です。
業種別に見る、承継のパターン
6事例を業種で整理すると、いくつかのパターンが見えてきます。
| パターン | 該当する事例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 既存事業の深化 | 事例①(和菓子店) | 同じ業種のまま、設備投資で生産性と商品ラインナップを広げる |
| 業態転換 | 事例②(Burger FIRST)、事例⑤(丸繫) | 承継・M&Aを機に、まったく別の業態へ転換する |
| 顧客接点の追加 | 事例③(大和館)、事例④(奈良食品) | 既存事業に、新しい顧客層向けのサービス・販路を追加する |
| 技術の組み合わせ | 事例⑥(能作) | M&Aで得た技術・人材と、自社の技術を組み合わせて新事業を作る |
自社がどのパターンに近いかをじっくり考えることで、事業計画の方向性を整理しやすくなります。業種が違っても、パターンが同じであれば参考になる部分は多いはずです。
事例集を見る前に知っておきたいこと
中小機構「補助金活用ナビ」の事例集は、あくまで公表された成功事例であり、不採択になった申請の情報は含まれていません。事例だけを見ていると、「こういう計画を出せば必ず採択される」と錯覚しがちですが、実際には同じような計画でも不採択になるケースがあります。
事例集を読むときは、次の視点を持つと実務に活かしやすくなります。
- 「何が書かれているか」だけでなく「何が書かれていないか」に注目する:数値目標の根拠、実施体制、資金計画など、公表されている事例情報には含まれない要素も審査では見られています
- 効果の数字は「結果」であり「計画時点の見込み」ではない:事例の効果は事後報告の数字です。申請時点では、これから達成する見込みとして計画書に書く必要があります
- 業種・規模が近い事例ほど参考になりやすいが、コピーはできない:自社の状況・地域・市場環境が異なれば、同じ計画がそのまま通用するとは限りません
事例はあくまで「考え方の参考」として使い、自社の状況に即した独自の計画に落とし込むことが何より重要です。
廃業・再チャレンジ枠はどんな使われ方が想定されるか
今回確認できた公式の事例集の範囲では、廃業・再チャレンジ枠を活用した実名の採択事例は現時点で見当たりませんでした。
そのため、ここでは実例の代わりに、公募要領で定められている対象経費から、想定される使われ方を整理します。
- 廃業支援費(弁護士・税理士など専門家への相談費用)
- 在庫廃棄費
- 店舗の解体費・原状回復費
- リースの解約費用
これらの費用は、他の3枠(事業承継促進枠・専門家活用枠・PMI推進枠)と併用して申請することもできます(PMIとは、M&Aの成約後に組織・業務・システムを統合していく取組のことです)。「一部の事業をM&Aで譲り、残りを廃業する」という組み合わせにも対応しています。
廃業・再チャレンジ枠は、他の3枠と違って「新しい取組を始める」ための枠ではなく、「事業をたたむ」ための枠です。そのため、6事例のような「承継後に何を変えたか」という物語が生まれにくく、事例として公表されにくい構造があると考えられます。ただし、廃業を機に別の新規事業に再チャレンジする場合、廃業支援費と組み合わせて新規開業の費用を検討できる可能性があります。詳細は公募要領や事務局に確認してください。
現行制度と事例が使われた当時の制度は同じではない
事例①〜⑥のうち、①②以外は令和3〜5年度の「事業承継・引継ぎ補助金」(現行制度の前身)を活用したものです。 現行の事業承継・M&A補助金として採択された事例は、公式の事例集ではまだ十分に確認できていません。
枠の考え方は引き継がれていますが、当時と現行で補助上限額・要件は同じではありません。 金額を比べるときは、必ず現行の公募要領を確認してください。事業承継・M&A補助金の枠別の補助上限額・補助率は、枠別の一覧記事で確認できます。
現行の第16次公募は、申請受付が2026年10月2日(金)〜11月6日(金)17:00です。事例を参考に事業計画を検討する場合、当時の要件(対象経費・補助上限額)を鵜呑みにせず、現行の公募要領で改めて確認する作業が欠かせません。特に事業承継・引継ぎ補助金から事業承継・M&A補助金への移行時に、枠の名称や補助上限額が変更されている点には注意が必要です。
事例の企業がどの枠を使ったかは、公式の事例集に明記されていない場合があります。本記事で紹介した6事例のうち、能作の事例(事例⑥)のみ「経営革新枠(M&A類型)」という前身制度の枠名が明記されていました。他の5事例は、使途や計画の内容から推測すると、事業承継促進枠に近い性質の投資が中心だったと考えられますが、断定はできません。自社が申請する際は、事例の枠にとらわれず、現行の4枠(事業承継促進枠・専門家活用枠・PMI推進枠・廃業・再チャレンジ枠)のどれが自社の計画に合うかを、あらためて検討することをおすすめします。
よくある質問
この事例集はどこで見られますか?
中小機構の「補助金活用ナビ」の事業承継・M&A補助金カテゴリに、実名の活用事例が掲載されています。本記事で紹介した6事例も、このページの内容にもとづいています。同カテゴリには本記事で紹介した6件以外にも、複数の事例が随時追加されているため、定期的に確認することをおすすめします。
紹介された事例と同じ補助金額がもらえますか?
いいえ。事例は個別の状況にもとづくもので、金額を保証するものではありません。特に4事例は、当時の事業承継・引継ぎ補助金(現行の前身)を活用したもので、現行の補助上限額とは別です。金額は事業の規模・対象経費・補助率によって決まるため、自社の計画にもとづいて個別に試算する必要があります。現行の金額は枠別の一覧記事で確認してください。
廃業・再チャレンジ枠の事例が知りたいのですが
今回確認できた公式の事例集には、実名の廃業・再チャレンジ枠の事例は見当たりませんでした。対象経費(廃業支援費・在庫廃棄費・原状回復費など)から、想定される使われ方を本文でまとめています。
自分の会社と似た事例がない場合はどうすればいいですか?
業種がまったく違っても、「承継・M&Aを機に何を変えるか」という考え方そのものは共通して評価されています。自社の状況に近い事例の「計画の中身」を参考に、自社なりの変化を言語化してみることをおすすめします。本文で紹介した4つのパターン(既存事業の深化・業態転換・顧客接点の追加・技術の組み合わせ)のうち、自社がどれに近いかを考えると整理しやすくなります。
事例のような効果を必ず得られますか?
いいえ。事例で紹介した効果(生産量1.2倍、売上3割増など)は、その企業の個別の状況・市場環境にもとづく結果であり、同じ取組をしても同じ効果が得られるとは限りません。事業計画を立てる際は、自社の状況にもとづいた現実的な見込みを立てることが重要です。
M&Aで事業を譲り受ける場合も事例のように業態転換できますか?
事例⑤(丸繫)のように、M&Aによる業態転換は実際に評価された例があります。ただし、譲り受けた経営資源(設備・立地・技術・従業員など)をどう活かすかという具体的な計画が求められます。業態転換そのものではなく、「なぜその転換が合理的か」を説明できる計画づくりが重要です。
