事業承継の支援策には、国と自治体で役割分担があります。国の補助金が上限2,000万円規模の大型M&A費用を想定するのに対し、自治体の助成金はもっと手前、数十万円規模の専門家費用を埋める役割を担うことが多いのです。北九州市の「事業承継・M&A促進化助成金」も、この位置づけにあたります。
対象は企業価値算定やM&A仲介手数料など、事業承継に必要な専門家費用です。助成率は2分の1、上限は50万円。北九州市内に本社・事業所を持つ中小企業が対象で、令和8年5月1日から令和9年2月26日まで随時受付しています。北九州市は製造業や卸小売業の中小企業が集積する地域で、経営者の高齢化にともなう後継者不在は全国共通の課題です。帝国データバンクの調査でも全国の後継者不在率は52.1%と高水準で、「継ぐ人がいないから廃業」を防ぐ専門家活用コストを、この助成金が下支えする形になっています。
対象になる事業者を具体例で見る
助成対象になるのは、次の要件をすべて満たす譲り手側の中小企業です。
- 中小企業基本法第2条第1項各号に定める中小企業者に該当すること(例: 製造業その他は資本金3億円以下または従業員300人以下、小売業は資本金5,000万円以下または従業員50人以下)
- 北九州市内に本社および事業所を有すること
- 後継者が市内で事業を継続する予定であること
- 株式会社の場合、発行済株式の2分の1を超えて中小企業者以外の会社に保有されていない(みなし大企業でない)こと
- 市税の滞納がなく、暴力団関係者・風俗営業等に該当しないこと
事業承継がすでに完了している企業や、M&Aの最終合意契約を締結済みの企業は対象外です。あくまで「これから」承継・M&Aに取り組む段階の専門家費用が対象になります。買い手側(譲り受け側)ではなく、譲り渡す側の企業向けの制度である点にも注意が必要です。
具体的にどんなケースが当てはまるか、3パターンで見てみます。
- 親族に後継者がいない製造業の3代目社長: 従業員30人の金属加工業。後継者不在のためM&Aによる第三者承継を検討し、M&A仲介会社に企業価値算定とマッチング支援を委託
- 役員による社内昇格承継を検討する卸売業: 創業者の子どもが継がない方針のため、専務への承継を検討。税理士に相続税対策・事業承継計画の策定を委託
- 小規模小売店が同業への譲渡を検討: 従業員5人の小売店。廃業も選択肢に入る中、同業他社へのM&Aを検討し、FA(フィナンシャル・アドバイザー)に着手金を支払って仲介委託
助成額のシミュレーション:対象経費と上限50万円の中身
対象経費は大きく2種類に分かれます。
- 事業承継計画策定等: 課題分析・コンサルティング委託料、企業価値算定委託料、相続税対策策定委託料、事業承継計画策定委託料
- M&A仲介委託等: 仲介手数料(着手金・企業調査手数料・月額報酬・中間報酬・成功報酬等)、企業価値算定委託料
助成率は対象経費の2分の1以内(千円未満切り捨て)で、上限50万円です。国のM&A関連補助金の対象下限額(50万円未満)に届かない小規模な支出も対象になる設計になっています。
| 対象経費(税抜) | 助成率 | 助成額 |
|---|---|---|
| 企業価値算定20万円のみ | 1/2 | 10万円 |
| 税理士へ相続税対策・承継計画策定50万円を委託 | 1/2 | 25万円 |
| M&A仲介の着手金・中間報酬合計120万円以上 | 1/2(上限あり) | 50万円(上限) |
つまり、対象経費が100万円を超えるM&A仲介案件では、助成額は上限の50万円で頭打ちになります。一方で、税理士へのコンサルティングのみといった数十万円規模の支出でも、その2分の1が助成される点は使い勝手が良い部分です。企業価値算定を単体で依頼する場合と、M&A仲介一式を委託する場合とで対象経費の規模が大きく変わるため、見積もり段階でどちらの構成になるかを確認しておくと助成額のイメージが立てやすくなります。
なお、対象外経費として消費税・顧問料・訴訟関連経費が明記されています。見積書を取る際はこれらが含まれていないか確認しておくと、実績報告時の食い違いを防げます。
申請の流れ:委託契約"前"の申請が最重要ポイント
申請は「相談」→「交付申請」→「交付決定」→「事業実施」→「実績報告」の順に進みます。ここで最も重要なのは、専門事業者への委託契約を結ぶ前に交付申請を済ませておく必要がある点です。契約を先に締結してしまうと、その経費は対象外になります。
タイミング別に整理すると、次のとおりです。
- 相談(申請前): 中小企業支援センターまたは北九州商工会議所の窓口で、福岡県事業承継・引継ぎ支援センターの専門相談員による支援を受ける
- 交付申請(委託契約締結より前): 交付申請書、企業概要、事業計画書、経費明細書、役員名簿、暴力団排除誓約書、株主名簿、履歴事項全部証明書、市税納税証明書、決算書類(2期分)、見積書など13点を提出
- 交付決定後〜事業実施: 交付決定を受けてから専門事業者と契約・委託。専門事業者は中小企業庁のM&A支援機関登録制度の登録支援機関に限られる
- 実績報告: 支払いを完了させたうえで実績報告書を提出。申請日から令和9年3月31日までに支払いを完了する事業であることが条件
重要なのは、見積もりを取って専門家に依頼を決めた時点ですぐ契約せず、先に市への交付申請の段取りを確認することです。また助成金の交付は1事業者につき年度を問わず1回までとされているため、複数の専門家費用が発生する見込みがある場合は、まとめて経費明細書に含められないか事前に相談窓口で確認しておくのが安全です。
国にも事業承継・M&Aを支援する補助金があります。あわせてこちらの記事で解説しています。
北九州市の助成金は上限50万円と専門家費用の初期負担を軽くする位置づけですが、M&A実行後の設備投資や在庫の引継ぎなど、より大きな資金が必要になる場面では国の事業承継・M&A補助金もあわせて検討する価値があります。
自分の事業が対象になる他の補助金・助成金がないか気になる方は、3分でできる補助金診断も活用してみてください。
契約前申請のタイミング設計や、対象経費の切り分け方など実務の進め方に迷う場合は、専門家に相談するのも一つの手です。
よくある質問
買い手側(譲り受け側)の企業も対象になりますか?
対象外です。この助成金は譲り渡す側(後継者に事業を引き継ぐ側)の中小企業向けの制度です。買い手側として企業価値算定やデューデリジェンス費用を負担する場合は、この助成金の対象にはなりません。
すでにM&Aの契約を専門事業者と結んでしまいましたが、あとから申請できますか?
できません。交付申請は専門事業者への委託契約締結より前に行う必要があります。契約後に発生した経費は対象外となるため、専門家に依頼する前に必ず市への交付申請の段取りを確認してください。
事業承継計画の策定だけでも対象になりますか?
対象になります。対象経費にはM&A仲介委託だけでなく、事業承継計画策定委託料や相続税対策策定委託料も含まれます。M&Aを前提としない親族内・社内承継の準備段階でも、専門家への委託費用があれば助成の対象になり得ます。
免責事項: 本記事の内容は2026年7月時点で確認できた情報にもとづきます。助成額・助成率・対象経費・申請要件は変更される場合があるため、申請前に必ず北九州市の公式ページおよび最新の募集要項でご確認ください。
出典:
