「事業承継補助金」という略称で検索する人が多い制度です。正式名称は事業承継・M&A補助金といいます。結論から言うと、使える場面は4つに分かれます。継ぐ人、買う・売る人、統合を進める人、畳む人。どれに近いかで、見るべき枠が変わります。この記事では、複雑に見えるこの制度を、誤解されがちなポイントから順にわかりやすく整理します。
4つの枠を「誰が使うか」で見分ける
専門用語のまま覚える必要はありません。自分がどの立場に近いかで見分けられます。
- 後継ぎとして会社を継いだ人 → 事業承継促進枠
- 会社を買う・売る人(M&A) → 専門家活用枠
- 買った後の統合を進める人 → PMI推進枠(PMIとは、M&Aの成約後に組織・業務・システムを統合していく取組のことです)
- 事業を畳む人 → 廃業・再チャレンジ枠
事業承継促進枠は、親族内承継や従業員承継で会社を継いだ後継者向けです。設備投資や新しい取組にかかる費用が対象になります。
専門家活用枠は、M&Aの買い手・売り手どちらも使えます。仲介手数料やデューデリジェンス費用が対象です。利用できるのは、事務局の「M&A支援機関登録制度」に登録された仲介業者・FAに限られます。未登録の業者への支払いは対象外です。
PMI推進枠は、M&Aが成立した後の統合作業向けです。組織やシステムを一つにする作業にかかる専門家費用・設備投資が対象になります。
廃業・再チャレンジ枠は、事業を畳む費用が対象です。在庫の処分費や店舗の解体費、次の挑戦にかかる費用も含まれます。他の枠と併用もできます。
「2,000万円もらえる」は誤解。よくある勘違いを解く
「最大2,000万円」という数字が広まっていますが、これは一部の枠・一部の要件を満たした場合の特例上限です。わかりやすさを優先して結論から言うと、通常の補助上限は、枠によって150万円〜1,000万円が中心です。
| 枠 | 補助上限額の目安 | 補助率 |
|---|---|---|
| 事業承継促進枠 | 800万円(賃上げ要件を満たすと1,000万円) | 1/2以内(小規模事業者は2/3以内) |
| 専門家活用枠(買い手支援類型) | 600万円〜800万円(特例で最大2,000万円) | 1/2〜2/3以内 |
| 専門家活用枠(売り手支援類型) | 600万円〜800万円 | 1/2以内(赤字等は2/3以内) |
| 専門家活用枠(小規模売り手支援類型) | 450万円 | 2/3以内 |
| PMI推進枠(PMI専門家活用類型) | 150万円 | 1/2以内 |
| PMI推進枠(事業統合投資類型) | 800万円(要件で1,000万円、特例で2,000万円) | 1/2以内(要件により2/3以内) |
| 廃業・再チャレンジ枠 | 150万円(併用申請で上乗せの場合あり) | 1/2以内(要件により2/3以内) |
小規模事業者にあたる場合、多くの枠で補助率が2/3に上がります。基準は業種で違い、商業・サービス業(宿泊業・娯楽業を除く)は従業員5人以下、それ以外は20人以下です。
より詳しい内訳とシミュレーションは、事業承継・M&A補助金はいくらもらえる?にまとめています。
枠ごとに何にお金を使えるのか
「いくらもらえるか」の前に、それぞれの枠が何にお金を使える制度なのかを具体的に見ておきましょう。
事業承継促進枠は、承継をきっかけにした新しい取組みが対象です。対象経費は、設備投資費(機械装置・システム構築費)、店舗等借入費、産業財産権等関連経費、原材料費、外注費、委託費、広告宣伝・販売促進費など。「承継したから終わり」ではなく「承継を機に、経営を変える取組み」であることが問われます。単なる老朽設備の更新は対象になりにくく、新商品開発や新規顧客層への展開といった「経営革新」の要素が必要です(経営革新とは、新商品・新サービス・新しい生産方式・新しい顧客層への展開を伴う取組みのことです)。
専門家活用枠は、M&Aにかかる仲介手数料・デューデリジェンス費用・システム利用料・表明保証保険料などが対象です。買い手側・売り手側のどちらの立場でも申請できますが、同じ案件で買い手・売り手の双方が申請することも制度上想定されています。
PMI推進枠は、M&A成立後の統合作業にかかる専門家費用(PMI専門家への謝金等)や、統合にともなう設備投資・システム構築費が対象です。「買っただけで終わらせず、その後の統合まで支援する」枠だと理解しておくと分かりやすいです。
廃業・再チャレンジ枠は、廃業にともなう在庫処分費、原状回復費(店舗の解体・引き渡し)、専門家費用のほか、廃業後に新しい事業へ再挑戦する場合はその初期費用も対象に含まれます。
業種別・活用イメージ
同じ枠でも、業種によって使い方はさまざまです。3つの例で見てみましょう。
① 製造業の事業承継促進枠(従業員21〜50人、上限800万円) 先代から工場を引き継いだ後継者が、既存の金属加工技術を活かして医療機器部品という新分野に展開したい。新分野向けの検査装置・専門家への相談費用の見積もりは1,600万円。 → 1,600万円 × 1/2 = 800万円の補助(基本上限に到達)。承継を機に、新しい取引先の開拓に踏み出せます。
② 小売業の専門家活用枠・買い手支援類型(従業員10人、上限800万円) 後継者がいない近隣の同業小売店を買収し、店舗網を広げたい。仲介手数料・デューデリジェンス費用の見積もりは1,200万円。 → 1,200万円 × 2/3 = 800万円(上限に到達)。地域に残っていた店舗と顧客基盤を、廃業させずに引き継げます。
③ 飲食業の廃業・再チャレンジ枠(個人事業主、上限150万円) 長年営んできた飲食店を畳み、次は移動販売車での再スタートを計画。厨房設備の解体費・移動販売車の初期費用の見積もりは300万円。 → 300万円 × 1/2 = 150万円の補助(上限に到達)。畳むだけで終わらせず、次の挑戦の初期費用にも充てられます。
事業承継補助金と事業承継税制は何が違うのか
「事業承継」を調べると、補助金と並んで「事業承継税制」という言葉も目にします。この2つは目的も仕組みもまったく別です。
| 事業承継・M&A補助金 | 事業承継税制 | |
|---|---|---|
| 何をしてくれる制度か | 承継・M&Aにかかった費用の一部を現金で補助 | 自社株式を引き継ぐときの贈与税・相続税を猶予・免除 |
| お金の動き | 支出したあとに補助金が振り込まれる | 税金の納付そのものが猶予される |
| 主な対象 | 設備投資費・専門家への手数料など | 自社株式・事業用資産の承継 |
| 申請先 | 中小企業庁(事業承継・M&A補助金事務局) | 都道府県知事の認定+税務署への申告 |
どちらか一方しか使えないわけではありません。 自社株式の承継には税制、承継にともなう設備投資や専門家費用には補助金、という組み合わせで使う事業者も多くいます。税負担が気になる場合は、事業承継税制もあわせて税理士に相談しておくと、検討の抜け漏れがなくなります。
使うメリットとデメリット
わかりやすく整理すると、次のとおりです。
メリット
- 承継・M&Aにともなう設備投資や専門家費用の負担が、実際に軽くなる(補助率1/2〜2/3)
- 専門家活用枠を使うと、M&A支援機関登録制度に登録された信頼できる仲介業者・FAを選ぶきっかけになる
- 廃業・再チャレンジ枠は、事業を畳んだあとの再挑戦にかかる費用まで対象に含まれる
デメリット・注意点
- 補助金は後払い(精算払い)。着金は実績報告のあとで、費用はいったん自己資金や借入で用意する必要がある
- 交付決定より前に契約・発注した費用は対象外。動き出す前に、まず枠を確認する順番が必須
- 申請には事業計画の作成が必要で、事業承継促進枠なら認定経営革新等支援機関(国が認定した中小企業の支援機関で、商工会議所・金融機関・税理士などが登録しています)への相談が事実上必須になる
「経営革新」とは何か。事業承継促進枠の判断ポイント
事業承継促進枠を検討する際、必ず出てくるのが「経営革新に資する取組かどうか」という判断です。ここが分かりにくいという声が多いため、具体例で整理します。
経営革新にあたりやすい例
- 先代の技術を活かして、新しい商品カテゴリー・新しい顧客層向けの事業を始める
- 既存の店舗を改装し、新しいサービス(例: 卸売業だった店が小売直販も始める)を追加する
- 新しい生産方式・IT技術を導入し、これまでできなかった規模・スピードでの提供を可能にする
経営革新にあたりにくい例
- 老朽化した設備を、同じ機能の新しい設備に単純に入れ替える
- 特に事業内容を変えず、承継の手続き費用だけを申請する
この判断は投資内容によって分かれる実体判断で、白黒がはっきりしないケースも多くあります。 「今回の投資が、経営革新と呼べる要素を含んでいるか」を、事業計画のなかでどう説明するかによって、結論が変わることがあります。判断に迷う場合は、認定経営革新等支援機関に相談しながら計画を組み立てるのが安全です。
対象になる会社の目安
対象は、資本金または従業員数が業種ごとの基準以下の中小企業・小規模事業者です。
| 業種 | 資本金の基準 | 従業員数の基準 |
|---|---|---|
| 製造業・建設業・運輸業 | 3億円以下 | 300人以下 |
| 卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
| 小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
| サービス業(ソフトウェア業を除く) | 5,000万円以下 | 100人以下 |
個人事業主も対象に含まれます。詳しくは「事業承継補助金は個人事業主でも使える?」で解説しています。
対象にならないものの例
- M&A支援機関登録制度に未登録の仲介業者・FAへの支払い
- 交付決定より前に契約・発注してしまった費用
- 国の他の補助金と重複する同一経費
- 風俗営業等、公的資金の使途として不適切とされる事業
一見対象になりそうでも、申請より前に契約した費用は対象外です。動き出す前に、まず枠を確認する順番が安全です。
承認までの流れと必要書類
| タイミング | やること |
|---|---|
| 検討を始めたらすぐ | GビズIDプライムを取得する(発行に2〜3週間) |
| 枠が決まったら | 専門家活用枠ならM&A支援機関登録済みの業者を選ぶ/事業承継促進枠なら認定経営革新等支援機関に相談する |
| 公募期間中 | 電子申請システム(Jグランツ)で申請 |
| 採択発表後 | 交付決定(契約・発注はここから) |
| 事業実施後 | 実績報告 → 入金 |
申請は電子申請のみです。紙の申請はできません。GビズIDプライムの取得だけで2〜3週間かかるため、検討を始めた時点で手続きしておくと安心です。
M&A支援機関はどう選べばいいか
専門家活用枠を使うなら、「M&A支援機関登録制度」に登録された仲介業者・FAを選ぶことが必須条件です。登録の有無は、中小企業庁の登録機関データベースで検索できます。選ぶときのポイントは次のとおりです。
- 登録の有無を最初に確認する: 未登録業者への支払いは、どれだけ実績があっても補助対象外です
- 業種・地域の実績を確認する: 同業種・近隣地域でのM&A実績が多い機関のほうが、相場感やマッチング先の候補を持っていることが多いです
- 手数料体系を事前に確認する: 着手金・中間金・成功報酬のタイミングと金額を、契約前に必ず書面で確認します。補助金の対象になる経費とならない経費が、手数料の項目ごとに分かれる場合があります
事業承継促進枠を使う場合は、認定経営革新等支援機関(商工会議所・金融機関・税理士など、国が認定した支援機関)に事業計画の相談をするのが一般的な流れです。
締切はいつ?次の16次公募に向けて
この補助金は単発ではありません。11次から現在まで、公募が繰り返されてきました。直近の第15次公募は、2026年7月24日17:00に受付を終えています。
16次公募の公募要領はすでに公開されており、申請受付は2026年10月2日〜11月6日17:00の見込みです。正式な日時は公式サイトで随時更新されるため、動く前に必ず確認してください。次の公募を待つ必要のない準備もあります。GビズIDの取得、M&A支援機関の選定、認定経営革新等支援機関への相談は、今からでも進められます。
都道府県・市区町村にも独自の支援制度がある
国の事業承継・M&A補助金だけでなく、都道府県・市区町村が独自に事業承継の支援制度を用意している場合があります。 専門家への相談費用の一部を補助する制度や、後継者人材バンクへの登録支援など、内容は自治体によってさまざまです。国の補助金と自治体の制度は、対象経費が重複しなければ併用できることもあります。自社の所在地の商工会議所・商工会、または自治体の産業振興担当課に確認しておくと、選択肢が広がります。
申請前に確認しておきたいこと
申請を検討し始めたら、次の点を早めに確認しておくと、あとで慌てずに済みます。
- 自社がどの枠に当てはまるか: 承継ずみか、これからM&Aをするのか、統合中か、畳むのか。立場によって申請できる枠が変わります
- 専門家活用枠なら、仲介業者がM&A支援機関登録済みか: 契約前に登録の有無を確認しないと、契約後に「補助対象外だった」という事態になりかねません
- 事業承継促進枠なら、経営革新の要素があるか: 単なる設備更新ではなく、新商品・新サービス・新しい顧客層への展開といった要素を計画に含められるか
- 資金繰りは大丈夫か: 補助金は精算払いです。専門家への支払いや設備投資費用は、いったん自己資金・借入で用意する必要があります
これらは、どの枠を使うにしても共通して確認しておくべき点です。申請直前になって「対象外だった」と気づくケースの多くは、この4点のどれかを事前に確認していないことが原因です。
似た補助金と何が違うのか
ものづくり補助金や持続化補助金は、事業を伸ばすための補助金です。新製品開発や販路開拓が対象になります。
事業承継・M&A補助金は、事業をつなぐための補助金です。承継やM&Aそのものにかかる費用を支えます。新規開業は対象になりません。あくまで、既存の事業を引き継ぐ・買う・畳む場面で使う制度です。
よくある質問
本当に2,000万円もらえるのですか?
いいえ。2,000万円は、一部の枠で特定の要件(「100億企業宣言」特例)を満たした場合の上限です。通常の上限は枠により150万円〜1,000万円が中心です。
事業承継税制とどちらを使えばいいですか?
目的が違うため、どちらか一方を選ぶものではありません。自社株式・事業用資産の承継にかかる税負担を抑えたいなら事業承継税制、承継にともなう設備投資や専門家費用の負担を抑えたいなら事業承継・M&A補助金です。両方の対象になる場合は併用も検討できます。
個人事業主でも対象になりますか?
はい。中小企業だけでなく、個人事業主も対象です。特に小規模なM&Aは「小規模売り手支援類型」が使えます。詳しくは個人事業主向けの記事で解説しています。
何から始めればいいですか?
まずGビズIDプライムを取得し、自分の状況がどの枠に近いか確認することです。専門家活用枠ならM&A支援機関、事業承継促進枠なら認定経営革新等支援機関への相談が次のステップです。
事業承継促進枠と専門家活用枠、両方使えますか?
立場によります。親族内承継で会社を継いだ後継者が事業承継促進枠を使い、その後M&Aで他社を買収する場合に専門家活用枠を使う、というように別の場面で両方を使うことは可能です。ただし同一の取組み・同一経費に対して両方の枠を重複して申請することはできません。
補助金の交付候補になったら、必ず受け取れますか?
交付候補(採択)と交付決定は別の手続きです。採択後、交付申請の内容が審査され、問題がなければ交付決定となります。交付決定を受ける前に事業に着手(発注・契約)してしまうと、その経費は対象外になるため、採択の連絡が来ても発注はまだ控えてください。
過去の公募回(14次以前)の情報を見つけましたが、参考にできますか?
公募回によって上限額・補助率・要件が変わっているため、参考にする際は必ず「第何次公募」の情報かを確認してください。この記事で紹介しているのは、最新の16次公募に近い内容です。古い公募回の資料をそのまま使うと、実際の要件と食い違うおそれがあります。
事業承継・M&A補助金は毎年実施されますか?
これまでのところ、年に複数回のペースで公募が繰り返されています。ただし予算が毎年つく保証はなく、公募回ごとに要件が見直されることもあります。「いずれ公募が来るだろう」と待つのではなく、直近の公募スケジュールを公式サイトでこまめに確認しておくことをおすすめします。
承継後、しばらく経ってからでも事業承継促進枠を使えますか?
公募要領で定められた期間内(承継から一定年数以内)であれば申請できます。承継から時間が経ちすぎていると対象外になる場合があるため、承継の時期と申請可能な期間を、直近の公募要領で必ず確認してください。
専門家活用枠の「買い手支援類型」と「売り手支援類型」、両方に該当する場合はどうなりますか?
M&Aの当事者が買い手か売り手かで、申請する類型が決まります。同一のM&A案件について、買い手側の事業者は買い手支援類型、売り手側の事業者は売り手支援類型で、それぞれ別々に申請することになります。
補助金を受け取ったあと、事業を続けなければいけない期間はありますか?
はい。多くの枠で、補助事業完了後も一定期間、事業の継続や状況報告が求められます。詳細な期間・報告内容は公募要領で定められているため、申請前に確認しておくと安心です。
申請にかかる期間はどれくらいですか?
事業計画の準備から申請までは、早くても1〜2か月程度を見ておくと安心です。GビズIDの取得、M&A支援機関・認定経営革新等支援機関との調整に時間がかかるため、公募開始を待たず今から動き出すことをおすすめします。
