先に結論を伝えます。事務所移転そのもの(賃借料・引越し費用)が対象になる補助金は、実はそれほど多くありません。多くの補助金は「移転」ではなく「移転先での設備投資・改装」を対象にしています。この違いを最初に理解しておくと、探す制度を間違えずに済みます。
私は経営していた会社で、手狭になった事務所を移転したとき、賃借料まで補助が出る制度は限定的だと知って驚きました。「移転費用そのもの」と「移転を機にした投資」は別物として探す必要があります。
事務所移転の補助金でまず知っておきたい前提
事務所移転で使える制度は、対象になる経費で3つに分かれます。
- 賃借料そのものが対象:東京都創業助成金など、対象が限定的
- 移転に伴う改装・設備投資が対象:小規模事業者持続化補助金など
- 地方への移転・工場等の新設が対象:自治体の企業立地促進補助金
「引越し業者への支払い」「新事務所の家賃」を直接まかないたいなら1つ目、「移転を機に内装や設備を一新したい」なら2つ目を探すことになります。
賃借料が対象になる東京都創業助成金
都内で創業予定、または創業5年未満の中小企業者等を対象にした助成金です。賃借料が助成対象経費に明記されている、数少ない制度の1つです。
- 助成率:対象経費の2/3以内
- 助成限度額:400万円、下限額:100万円
- 対象経費:賃借料、広告費、器具備品購入費、産業財産権出願・導入費、専門家指導費、従業員人件費、委託費(市場調査・分析費)
対象は「都内での創業」に限られる点に注意してください。創業から5年以上経過している事業者や、都外への移転では対象になりません。この制度に近い枠組みを持つ自治体は他にもあるため、事業所のある都道府県・市区町村の創業支援制度もあわせて確認してください。
小規模事業者持続化補助金での移転に伴う投資
小規模事業者持続化補助金は、移転そのもの(引越し費用・原状回復費・新事務所の賃借料)は対象外です。ただし、移転を機に行う店舗改装・看板設置・設備導入は「販路開拓」の対象経費として認められる場合があります。
補助率2/3、通常枠の上限は50万円、特例を組み合わせると最大250万円まで広がります。「移転費用」ではなく「移転先での投資」として整理し直すと、対象になる部分が見えてきます。制度全体の内容は小規模事業者持続化補助金の内容と申請のコツにまとめています。
自治体の企業立地促進補助金(地方移転・工場新設)
製造業などが工場・研究開発施設を新設・増設する形での移転であれば、都道府県・市区町村の企業立地促進補助金が候補になります。投下固定資産額や新規雇用者数に応じて補助額が決まる仕組みが一般的です。
補助率・上限額は自治体によって大きく異なります。ある自治体では固定資産投資額の10%(上限2億円)、別の自治体では投資額と雇用者数の組み合わせで算定するなど、制度設計が自治体ごとにまったく違うため、金額を一般化できません。 移転・新設を予定する自治体の公式ページで、最新の要綱を必ず確認してください。
補助金がおりるまでの資金繰りも考えておく
東京都創業助成金も持続化補助金も、経費を立て替えて支払った後に交付される精算払いの仕組みです。移転にかかる費用の支払いから助成金・補助金が実際に振り込まれるまで、半年前後かかることも珍しくありません。 移転は敷金・礼金・什器購入など初期費用がまとまってかかるため、この間の資金繰りを事前に見込んでおく必要があります。
- 日本政策金融公庫の創業融資を、移転費用のつなぎ資金として活用する創業間もない事業者が多くいます
- 賃貸借契約の締結自体が交付決定前になる場合が多いため、賃借料以外の対象経費(改装費・器具備品購入費等)を中心に資金計画を立てておくと安心です
- 採択されなかった場合に備えて、移転自体は助成金・補助金なしでも実施できる資金計画かどうかも考えておいてください
制度は年度ごとに変わる。申請前に必ず最新情報を確認する
補助金・助成金は年度ごと、公募回ごとに内容が見直されます。この記事に書かれている助成率・上限額も、年度が変われば変わる可能性があります。 特に次のような変化が起きやすい点に注意してください。
- 東京都創業助成金の助成率・限度額・対象経費の範囲
- 小規模事業者持続化補助金の補助率・上限額・特例の内容
- 自治体の企業立地促進補助金の補助率・要件(予算状況によって年度途中で変更されることもあります)
「去年は賃借料が対象だったのに今年は違う」ということも珍しくありません。 申請を検討し始めた段階で、各制度の公式サイトや自治体の創業支援窓口に最新情報を確認することをおすすめします。
相談先に迷ったらどこに聞けばよいか
事務所移転の補助金は制度が複数にまたがるため、どこに相談すればよいか迷う事業者も多くいます。目的別に相談先を整理しておきます。
- 東京都創業助成金など創業支援制度の対象か:都道府県・市区町村の創業支援窓口(東京都の場合はTOKYO創業ステーション)に相談する
- 持続化補助金として移転先の投資を計画できるか:認定経営革新等支援機関(商工会議所・金融機関・税理士等)に事業計画の相談をする
- 地方への移転で企業立地促進補助金の対象になるか:移転先の自治体の企業立地担当窓口に、計画の初期段階で相談する
- 資金繰り全般の相談:日本政策金融公庫の創業融資窓口や、取引金融機関に相談する
移転は物件探しと並行して補助金の相談を進める必要があるため、契約前の早い段階で複数の窓口を回っておくことをおすすめします。
移転先の不動産会社選びで確認しておきたいこと
事務所移転では、不動産会社選びも重要な要素です。補助金の観点から、次の点を確認しておくと安心です。
- 賃貸借契約の締結時期を、補助金の交付決定時期に合わせて調整できるか(大家・管理会社との交渉が必要な場合があります)
- 契約書に記載する賃借料・敷金・礼金・共益費の内訳が、補助金の対象経費の区分と合っているか
- 原状回復義務の範囲(退去時にどこまで元に戻す必要があるか)
不動産会社に「補助金の申請を予定している」と伝えておくと、契約時期の調整について相談しやすくなります。
審査で評価されやすい書き方
事務所移転の事業計画では、「手狭になったから」という理由だけでなく、次のような要素を数字で示すと審査での説明力が増します。
- 創業助成金の場合、事業の成長計画(売上目標・採用計画など、なぜ専用オフィスが必要かを説明する)
- 移転による生産性向上の見込み(来客対応スペースの新設で商談件数が増える見込みなど)
- 企業立地促進補助金の場合、地域経済への波及効果(新規雇用者数、地元取引先との連携見込みなど)
- 移転先の立地を選んだ理由(交通アクセス、取引先との距離、人材採用のしやすさなど)
「手狭になったから」ではなく「これだけの成長を見込んでおり、専用オフィスが必要」という説明に組み立て直すことで、審査担当者にとって判断しやすい事業計画になります。
事務所移転の補助金でよくある勘違い
事務所移転の補助金を調べる過程で、次のような勘違いが起きやすいので整理しておきます。
- 「移転すれば何かしらの補助金が出る」という勘違い:賃借料そのものが対象になる制度は限られます。多くは「移転先での投資」を対象にしています
- 「東京都創業助成金はどの事業者でも使える」という勘違い:対象は都内での創業から5年未満の事業者に限られます。創業から時間が経っている事業者や都外への移転では使えません
- 「引越し業者への支払いも補助対象」という勘違い:運送費は多くの制度で対象外です。対象になるのは改装費・設備投資費・一部制度の賃借料などです
- 「コスト削減のための移転も補助金の対象になる」という勘違い:単なる賃料の引き下げを目的にした移転は、多くの補助金の対象になりにくい傾向があります
移転理由で変わる制度の選び方
事務所移転の理由は事業者によってさまざまですが、理由によって使いやすい制度が変わります。
| 移転理由 | 使いやすい制度 |
|---|---|
| 創業間もなく、初めて専用オフィスを借りる | 東京都創業助成金など、都道府県の創業支援制度 |
| 事業拡大で手狭になり、より広い物件に移る | 小規模事業者持続化補助金(移転先での改装費) |
| 地方に工場・拠点を新設して移転する | 自治体の企業立地促進補助金 |
| 賃料の安い地域に移転してコストを下げる | 対象になる制度は限られる(コスト削減目的だけでは対象になりにくい) |
「賃料を下げたいだけ」の移転は、多くの補助金の対象になりにくい点は正直にお伝えします。補助金は基本的に「新しい取り組み・新しい投資」を後押しする仕組みで、単なるコスト削減は対象になじみません。
移転前後の書類・手続きも忘れずに準備する
事務所移転では、補助金の申請書類とは別に、行政への各種届出も必要になります。抜け漏れがあると、後から思わぬ手間が発生することがあります。
- 法人の場合、本店・支店の所在地変更登記(法務局)
- 税務署・都道府県税事務所・市区町村への異動届出書
- 労働基準監督署・年金事務所への事業所所在地変更届(従業員を雇用している場合)
- 取引先・金融機関への住所変更の連絡
これらの手続きは補助金の交付決定とは別のスケジュールで進める必要があります。 移転日が決まったら、早めにチェックリストを作って進捗を管理することをおすすめします。
移転先のオフィス形態による違い
移転先をどのような形態で借りるかによっても、対象になる経費が変わります。
- 賃貸オフィス(一棟借り・区画借り):東京都創業助成金など、賃借料を対象経費に含む制度と相性がよい
- シェアオフィス・コワーキングスペース:月額利用料が対象経費に含まれるかは制度ごとに異なるため確認が必要
- バーチャルオフィス:物理的な移転を伴わないため、多くの移転関連補助金の対象にならない場合がある
- 自社ビル・自己所有物件への移転:建物の取得費用は多くの制度で対象外。内装・設備投資部分のみが対象になり得る
移転先の形態を決める前に、候補にしている補助金がどの形態を対象にしているか確認しておくと、後戻りを防げます。
移転のタイミングと補助金申請の順序
事務所移転は、退去日・入居日が既に決まっていることが多く、補助金の交付決定を待つ余裕がない場合があります。
- 賃貸借契約の締結自体が「交付決定前の契約」とみなされ、対象外になる制度が多くあります
- 契約は交付決定後に結ぶのが原則ですが、物件の確保のために先に契約せざるを得ない事情がある場合は、対象経費から賃借料を除き、移転後の改装・設備投資部分だけを申請する、という切り分けも検討できます
- 退去予定日が決まっている場合は、逆算して補助金の公募スケジュールに間に合うかを早めに確認してください
業種別のシミュレーション
創業2年目のIT企業(都内・従業員5名)
手狭になったシェアオフィスから、専用の賃貸オフィスへ移転するケース。賃借料(月額25万円×12か月=300万円)と広告費30万円の合計330万円が対象経費です。東京都創業助成金(助成率2/3・上限400万円)なら、330万円×2/3=220万円が助成されます。自己負担は110万円です。
地方移転する金属加工業(従業員30名)
大都市圏の手狭な工場から、地方の工業団地に新設移転するケース。土地取得費を除く建物・設備投資額3億円に対し、自治体の企業立地促進補助金(投資額の5%・上限1,500万円の場合)を使えば、1,500万円が補助されます(上限に到達)。加えて新規雇用者数に応じた加算がある自治体もあります。
士業事務所(店舗兼事務所・従業員2名)
自宅兼事務所から、駅前の店舗兼事務所に移転し、来客対応スペースを新設するケース。移転先の内装改装費80万円が対象経費です。小規模事業者持続化補助金(通常枠・上限50万円)なら、80万円×2/3=約53万円のところ上限50万円が適用され、50万円が補助されます。賃借料・引越し費用そのものは対象外です。
創業1年目の飲食コンサル会社(都内・従業員3名・インボイス特例)
自宅開業から、来客対応のできる小規模オフィスへ移転するケース。賃借料(月額15万円×12か月=180万円)と器具備品購入費50万円の合計230万円が対象経費です。東京都創業助成金(助成率2/3・上限400万円)なら、230万円×2/3=約153.3万円が助成されます。創業助成金は賃借料そのものが対象になる数少ない制度のため、創業初期の資金繰りの負担を大きく軽減できます。
事務所移転で対象外になりやすい費用
- 引越し業者への運送費
- 旧事務所の原状回復費
- 敷金・礼金・仲介手数料(東京都創業助成金など一部制度を除き対象外になりやすい)
- 移転に伴う従業員の通勤手当の増加分
「移転費用一式」という考え方ではなく、経費ごとに対象・対象外を分けて計画を立てることが遠回りに見えて近道です。
申請の流れとタイミング
- 「賃借料そのものを補助してほしいか」「移転先での投資を補助してほしいか」を整理する
- 使う制度を決め、対象経費の範囲を確認する
- GビズIDプライムを取得する(制度によっては不要な場合もある)
- 各制度の申請システムから申請し、審査結果を待つ
- 採択・交付決定の通知を受け取ってから、契約・発注する
- 事業実施後、実績報告を提出する
- 実績報告の確認後、補助金・助成金が振り込まれる
交付決定前に賃貸借契約を結んだり、改装工事を発注したりすると、その費用は対象外になります。 移転は日程が動かしにくいものですが、可能な限り交付決定を待ってから契約に進んでください。
よくある質問
事務所移転の賃借料そのものを補助してくれる制度はありますか?
限られます。東京都創業助成金は賃借料を対象経費に含む数少ない制度ですが、対象は都内での創業から5年未満の事業者に限られます。他の地域では、事業所のある自治体の創業支援制度を個別に確認してください。
引越し業者への運送費は補助金の対象になりますか?
対象外になりやすいです。多くの制度は「移転先での投資」を対象にしており、引越しの実費そのものは含まれません。
地方への移転で工場を新設する場合はどの制度が使えますか?
自治体の企業立地促進補助金が候補になります。補助率・上限額は自治体ごとに大きく異なるため、移転先の自治体の公式ページで要綱を確認してください。詳しくは工場の補助金もあわせてご覧ください。
個人事業主でも事務所移転の補助金は使えますか?
制度によります。東京都創業助成金は法人だけでなく個人事業主も対象に含みます。小規模事業者持続化補助金も個人事業主を対象にしています。
東京都以外にも、賃借料を対象にした創業助成金はありますか?
あります。多くの道府県・政令指定都市が、東京都創業助成金と似た枠組みの創業支援制度を独自に設けています。助成率・上限額・対象経費は自治体ごとに異なるため、事業所を構える予定の自治体の創業支援窓口に確認してください。
移転前に退去する事務所の原状回復と、移転先の内装工事を同時に進める場合、資金繰りはどう考えればよいですか?
旧事務所の原状回復費と新事務所の改装費が、同じ時期に重なって発生することが多いため、両方の見積もりを早めに取得し、支払いのタイミングを整理しておくことが重要です。旧事務所の敷金から原状回復費が差し引かれる場合、その返還時期も資金計画に織り込んでおくと安心です。
複数の不動産会社・内装業者から見積もりを取るべきですか?
おすすめします。物件の賃料・契約条件は不動産会社によって提示内容が異なり、内装工事も業者によって価格・品質が異なります。 複数社を比較することで、総費用を抑えつつ、補助金の審査で説明しやすい計画を立てられます。
移転先を決める際、補助金の対象地域かどうかも考慮すべきですか?
考慮すべきです。東京都創業助成金は都内での創業が条件、企業立地促進補助金は特定の区域内への立地が条件になっていることが多く、移転先の住所によって使える制度がまったく変わります。 物件を決める前に、候補地が対象地域に含まれるかを必ず確認してください。
オフィス移転と同時に、事業用の車両・什器も新調したい場合はどうすればよいですか?
小規模事業者持続化補助金は、移転先での器具備品購入費として車両以外の什器を対象経費に含められる場合があります。事業用車両は多くの制度で対象外になりやすいため、リース・ローンなど別の資金調達方法もあわせて検討してください。パソコン・デスクなど汎用性の高い什器は対象外になりやすい点にも注意しておきましょう。移転先で必要になる備品は、事業に直接必要なものかどうかを1つずつ整理してから見積もりを取ると、対象・対象外の判断がしやすくなります。リストアップの段階で、既存の備品を再利用できるものと新規購入が必要なものを分けておくと、費用の見積もり精度も上がります。移転を機に不要な備品を処分する場合は、その処分費用も見積もりに含めておくと、資金計画に漏れがなくなります。不用品回収業者への依頼は、廃棄物処理法に基づく許可を持つ業者を選ぶことも忘れないでください。無許可の業者に依頼すると、後からトラブルになるケースも報告されています。移転作業全体のスケジュールに、処分作業の時間も忘れずに組み込んでおきましょう。移転日直前に慌てないよう、処分品のリストアップは早い段階から始めておくことをおすすめします。移転はやることが多く、担当者を1人決めてタスクを一元管理すると、進捗の抜け漏れを防ぎやすくなります。チェックリストを作成し、社内でしっかり共有しておくとさらに安心です。移転は一度きりの大仕事ですが、事前準備を丁寧に行うことで当日の混乱を大きく減らせます。
移転先での内装工事も一緒に補助金を使いたい場合はどうすればよいですか?
移転先の内装工事費は、賃借料とは別の経費区分として小規模事業者持続化補助金の対象になり得ます。詳しくは内装工事の補助金もあわせてご覧ください。
